凄いパフォーマンスだ!

1.cocco

 江藤の2ランホームランが炸裂し巨人軍の勝利がほぼ確定した頃、私の興味は半減しチャンネルを変えてみた。
 タモリが髪の毛ボサボサの女にインタビューしている

 タモリ「coccoさんはTV出るの嫌いですか?」   coccoと言うのか?この女?
 女  「いとこがバカの身内だと言われるんです」 話し方がたどたどしい、○痴みたいな話し方、だがタモリの話を理解している、外人さん?

 coccoは正直、名前だけしか見たことが無い、もちろん歌なんか聴いた事無い。
 何でも活動休止の最後のTV出演らしい。
 勝負の決まった野球を見るのもつまらないし、そのまま見続ける事にした。



 こ、これは凄い、凄いパフォーマンスだ!
 あのたどたどしい日本語が歌になると、何故こんなに美しい日本語で歌えるのだ!?
 いや、そんな事はどうでもいい、
 彼女の感情がビンビンこちらに飛んでくる、
 キュッと心を鷲掴みにし、はなさない、
 私は、歌の途中から涙が止まらなくなり、
 歌が終わっても嗚咽がしばらく止む事は無かった。

 歌は演技力だと言う人もいる
 100%は否定しない
 でも、今まで聴いた事も無い、今や歌詞も覚えていない、この日はじめて聴いた歌で細部まで鑑賞していない
 この歌に対する私のこの感動はなんなのだ?

 私は、歌は感情である(心の動きを表明する)という事を再認識する。
 いくらテクニックがあり声が美しい歌であっても、感情がこめられた歌に勝るものは私的に無い。
 声楽だのJAZZだのコピーを聴くぐらいなら、リアルな感情がこめられたオリジナルJ−POPを聴く方が私の性分に合っているようだ。
 例え歴史に残らない歌であっても、同じ現実を生きている歌のほうが好きなのである。
 (声楽だのJAZZでも歌い手の解釈が加わった歌は嫌いでは無いが・・・)

 「歌は感情である」という意味を知りたい者は誰かの為に心をこめて歌ってみればいい
 誰かの為に心をこめて歌った事がある者なら否定出来ないだろう
 聴くだけではダメなのである。カラオケなどで自分の為だけに歌うのもダメ。
 知恵の実を眺めるだけでなく食べる者が人間なのだから・・・。

 今、この日記を書いていても、涙が流れそうになる。
 彼女の一世一代のパフォーマンスであった事は間違い無いだろう。



 彼女は歌い終わると深々と頭を下げ、照れ隠しにピースサインを送った後、スタジオを飛びだした。
 エンディングに彼女の姿は無かった・・・。
  

ダイアリに戻る